お父さん、小川範子にならないで!

2ヶ月前か、3ヶ月前かなあ。
職場で、昼間、なにかの用があって、地元の母のケータイに、電話したことがあったんだ。



父の健康のはなしになった。
あんまり、いい感じではない、みたいな。
病院に行って、検査とか、しているらしい。


あんた、膠原病(こうげんびょう)って、知っとん? って、母に聞かれた。

知っとるよ、むずかしい漢字のやつだろ?

お父さん、膠原病らしいわ、って、母。



僕が、膠原病って病気を知っているのには理由があって。
むかし、小川範子が主演のドラマで、彼女が、この難病にかかる役をやっていたから。




小川範子のドラマの話を口にすると、母が、間髪いれず、聞いてきた。
「死んだん?」って。

つまり、ドラマの小川範子は、死んだのか、と。



僕は、死んでない、とはうそはつけず、死んだよ、って答えた。
あらら、ますます母をブルーにさせたかも。
母の声のトーン、暗かったわ。



その小川範子のドラマは、単発もの。
当時、小川範子のラジオを聴いてて。
今度、「コウゲンビョウ」って難病におかされた女性の役をやります、みたいな感じで言ってて、その病名は、まず音声で聞いてたはず。

ドラマの内容は、最後、小川範子が死ぬ、ってところ以外、覚えてない。
お母さんが、長山藍子。

ふたつ、シーンを覚えてるわ。
ひとつめが、大雨の夜、小川範子の様態が激変して、救急車で運ばれるところ。
その救急車の中で、小川範子、ゲボーッ、って吐血したんだよね。
ちょっと、こわかった。

で、ふたつめが、小川範子(娘)が死んだのを、長山藍子は、自分ちのリヴィングかなんかで、電話で聞いて。
受話器を落とすくらいショックを受けるんだけど、今までのことを思い出すか、飾ってある写真を見るかして、最後は、ほほえんで、そのシーンは終わったはず。



・・まさか、救急車でゲボーッ、なんて、そのとき、母には言ってないよ!


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今ね、調べたわ。
その、小川範子のドラマ。

1990年9月17日に放送された、「太陽へのラブレター」っていう単発ドラマだった。
僕、中学3年。
そうそう、このころ、日曜の夜、MBSの小川範子のラジオ、聴いてたわ。

ドラマの小川範子の演技とかは、評価されたみたい。
でも、膠原病の患者団体からは、抗議があったって。
膠原病=死、っていう、悪いイメージをあたえている、って。


** ** ** **


そんで、今日の話。
夕方、仕事に出かける前、2ヶ月か3ヶ月ぶりに、母と電話ではなした。

父は、まあ、膠原病なわけで、入院とかもしたのかな。
で、薬を飲んでるって。
副作用が、あったりもするかも、みたいな。

あと10年くらいは生きるかな、なんて、父は自分で言ってるみたい。
そしたら、75歳。
ま、そんだけ生きたら十分、みたいな感じで、母と合意。

なんだか、父の病気のせいで、皮肉にも、夫婦仲が、すごくよくなってるんだって。
母の声のトーン、前回とは逆、すごい明るかった。



てゆか、その問題の父とは、最近、まったくなにも接触していないわ。
父と会っても、なにをはなしていいかもわからない感じで、ぎこちないんだけど。
まあ、それでも、いっぱい会っておかないとね。
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by ishokuju | 2009-10-02 04:40 | ため息が出る | Comments(0)
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